2008年2月アーカイブ


冤罪

いつもイマオカジムブログをご覧になっていただいております皆様本当にありがとうございます。
本日はこの場をお借りしてある事件についてお話させていただきます。
皆さんは袴田事件と言う言葉をお聞きになったことはありますか?「聞いたことはある」「テレビで見たことがある」「詳しくは知らないが名前だけは・・・」と言う方もいらっしゃるのではないでしょうか。恥ずかしながら私自身も事件の名前だけは知っていた・・・位の認識でした。数年前に偶然見たTVでなんとなくそのような事件があり、元プロボクサーであると言うこと位しか知りませんでした。つまり詳しい事件の内容、経緯などは殆ど把握していなかったのです。
そんなある日、いつもお世話になっている新田ジムの新田会長から<袴田事件についての説明会>の案内FAXを頂きました。この説明会に参加させていただき初めて事件の真相を知った次第です。
驚きましたの一言です。もし自分自身、又は家族が同じ境遇にあったら・・・っと考えると背筋が凍ります。こんなことが現在のこの日本で存在していることが信じられません。しかし現実に41年間とうい時間を限られた人間の寿命の中から奪われた訳ですから・・・。他に言葉は見当たりません・・・。
この事件についてご存知ない方も当然おられると思いますので、その事件の概要を綴った記事を引用させていただきます。


経緯
昭和41年6月30日午前1時30分頃、静岡県・清水市で「こがね味噌」製造会社の専務・橋本藤雄宅から出火。焼け跡から藤雄(当時41歳)、妻ちえ子(当時38歳)、長男・雅一朗(当時14歳)、次女・扶示子(当時17歳)の一家4人の死体が発見された。焼失した現場は油の臭いがしたため放火と断定。死体の検証は、刀器による無数の傷が認められたため、放火・殺人罪として捜査を開始した。

警察は、事件発生から4日後の7月4日、「こがね味噌(専務宅と隣接)」の住込みとして働いていた袴田巌(元プロボクサー)の部屋から、肉眼では見えない程度の血痕が付いてるパジャマを押収した。さらに、このパジャマに放火で使用した同種の油も付着していたとして8月18日逮捕した。

警察は、猛暑の中で袴田に厳しい取り調べを行う。連日12時間の取り調べの中で意識が朦朧としてくる。取り調べ20日後の9月6日、ついに犯行を自供する。検察側は9月9日、袴田を強盗殺人、放火罪で起訴した。

公判で、袴田は終始「無実を訴える」が、昭和43年9月11日静岡地裁で「死刑」判決。昭和51年5月18日東京高裁で控訴棄却。昭和55年11月19日最高裁で「死刑が確定」した。
その後、市民団体や日本弁護士連合会が支援して、再審請求に関する最終意見書を東京高裁に提出している(平成13年8月3日現在)。

警察側の捏造疑惑
袴田事件の公判では、不当な取り調べによって44通の供述調書が認められず、唯一採用されたのが9月9日の一通の供述書だけだった。認められなかった供述書では「事件当夜午前1時20分に目を覚ました袴田は専務宅に行って4人を殺害、現金を奪っていったん工場に戻り現金を隠したあと油を持って現場に引き返し放火した」となっている。1時45分頃、隣家では火事に気付いていたから最大25分間で4人を殺害、工場に戻り現金を隠し、油を現場へ持って専務宅に撒いて放火したという。こんな短時間でこれら一連の仕業ができるとは到底考えられない。従って、公判では却下された訳である。

さらに、一審公判中の昭和42年8月31日に味噌工場の醸造用味噌タンク内から、5点の衣類(ズボン、ブリーフ、アンダーシャツ、半そでシャツ、ズボン下)が発見されたとし、袴田の実家へ出向いた捜査官が、袴田のズボンと生地及び切断面が一致する布を発見したと発表する。
この段階で捜査本部は、当初言っていた「犯行時はパジャマを着ていた」が一転して「ズボンを着ていた」ということにすりかえてしまった。しかも、この5点の衣類は全て袴田のサイズではなく、着用できない事実が後日判明する。

さらに犯行後(殺害後)、《専務宅の裏木戸を開けて味噌工場にある混合油を持ち込み放火した》という供述調書では、この裏木戸の下側留め金と中央のカンヌキが外れていたが、上側の留め金は外れてはいなかった。このため、袴田が下側の留め金とカンヌキを外して出入りしたという検察の言い分には無理があった。そこで、検察側は裏木戸の上側の留め金が掛かっていても出入りできるという証拠写真を公判に提出する。弁護団は、この写真を科学的な分析を徹底的に実施。結果、この写真は捏造で上部の留め金を外して人が出入りした写真であることが判明する。
この裏木戸は上側の留め金も外さなければ絶対に人が出入りできないのである。

再審請求
供述調書と実際の事象とは多くの矛盾がある。これらの状況から、袴田は無罪であるとして弁護団、市民団体は「冤罪活動」を続けている。
平成16年8月27日、東京高裁は再審請求を退けた静岡地裁の判決を支持、袴田の抗告を棄却する決定をした。袴田の弁護団は最高裁に特別抗告する。

弁護団は事件から一年後に味噌タンクから発見された5点の衣類に関して「縮みを考慮してもズボンは穿けない」「内側の衣類に血痕が多くつくのは不自然」などとする鑑定結果を新証拠として提出したが、東京高裁の裁判長は「相応の収縮は否定できず、確定判決の認定は正当」、「確定判決は脱いだ後に血液が付着する可能性を否定しておらず、着用したとの認定に疑問は生じない」と退けた。


他にも袴田巌さん支援サイトなど多数ありますのでご覧ください。
http://www.h3.dion.ne.jp/~hakamada/
http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage117.htm
http://www.hakamada.net/hakamatajiken/jiken_menu.html


現在、日本ボクシング協会全体で袴田さんの支援をしております。
私も微力ながら何かお手伝いさせていただきたいと思っております。
又、3月4日にボクシング協会全体で裁判所へ再審請求要請書を持って行く予定になっております。つきましては、一人でも多くの皆さんのご協力を心よりお願い申し上げます。(要請書はジムにあります)

追伸
協会全体で取り組んでおりますこの事件において全ての関係者の皆様本当にご苦労様です。そしてその中心になり、日夜問わず不眠不休で頑張っておられます新田会長を心の底から尊敬申し上げます。

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